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1941年2月18日の朴春琴代議士の質問演説-創氏改名日本名強制説と慰安婦強制連行説が嘘である証拠

 創氏の届出期間(1940年2月11日から8月10日までの6ヶ月)の終了から約半年後の1941年2月18日、衆議院において、大日本帝国内における朝鮮人(もちろん当時は日本国民)の地位向上に尽力していた朝鮮人の朴春琴代議士が陸軍省軍務局長の武藤章少将に朝鮮人志願兵採用人数の大幅増加と在朝鮮師団の増設を要求した。この第一次史料によって記録された事実(史実)は創氏改名日本名強制説と慰安婦強制連行説が真っ赤な嘘である証拠の一つである。


1941年2月18日第76回帝国議会衆議院における朴春琴代議士と武藤章政府委員(陸軍省軍務局長)の質疑応答

〇松田委員長 朴君、軍務局長がおいでになったようですから-朴君

〇朴委員 陸軍当局に昨日私が質問したことを軍務局長御承知でないと思いますから、もう一回繰返して申上げます、半島の志願兵制度は制定して今年で四年になって居るのであります、其の間志願者が丁度二十五万位あるのでありまして、十三年、十四年、十五年度に於て、約四千人の志願兵を採って居るのであります、今年は十五万位の申込みで、三千人の採用見込みであると云うことを新聞に書いてありますが、此の点私はもっと採っても差支ないではないかと思うのであります、数が少いと思って居りますが、何か沢山採っていけないと云うようなことがあるのでありますか、それを承りたいと思います

〇武藤政府委員 半島に於きまする徴兵志願の熱意は、近時非常に旺盛でありまして、洵に御同慶に堪えないのであります、仰せの如く昭和十三年以来志願兵を採用致して居りますが、其の結果は極めて良好でございます、随いまして志願兵の数を増加しようと云うことは、私共もかねがね熱意を持って研究致して居るのでございますが、只今の所申すまでもなく日本語教育の程度、ならびに半島人と内地人との生活様式の相違と云うようなものがございまして、志願兵を採用致すにも、先ず朝鮮総督府でやって居ります訓練所を経過しなければならぬ、是等を考慮致しますと、急速に大多数の者を採用すると云うことは、一寸困難な事情もあるのでございまして、今後多数の者を採用すると云う方針を以て、只今研究中でございます、御趣旨のある所は能く分かりますが、暫くこれは御待ちを願わなければならぬ、こういう訳でございます

〇朴委員 私はしばしば朝鮮の志願兵の訓練所に行って居ります、所が行って見ると、今日の設備は未だ微々たるものがある、もう少し陸軍が予算を取り、設備を完全にして、半島の志願兵を沢山採って貰いたいと云うことは、これは半島人の希望であり、半島人の声であります、と云うのは軍務局長御承知の通り、昭和七年から半島に対する師団設置問題なり、あるいは半島人の兵役義務を与える前提として、志願兵制度を制定しなければならぬと云うことを、しばしば、私は要求して来たのであります、幸いに半島人に対する志願制度が制定されてから、自分が行って見ても、其の志願兵で採った兵の総ての思想上とか、あるいは彼らの決心が、中々内地人に負けないような気持を持って居ると云うことは、私は能く知って居るのであります、そこで此の北支問題の如きも、次から次に日本が占領して居る区域に於て、現在兵が足らなくて、非常に治安維持は困難であると云うことを私も見て来たし、又そう云うことも感じて居るのであります、それで軍務局長御承知の通り、半島に生れた者は気候もよく似て居る、又二十五万位の志願者があるのでありますから、此の中の一万人か二万人位の人は、最も体格も良いし、日本語も私よりも雄弁家の者も此の中に相当居る、そこで唯問題は、訓練所そのものが予算関係その他の貧弱の為に、採ることが少なくなって居るのではないかと私は思うのでありますが、吾々半島に生れた人の気持から言えば、成るべく余計採って、此の日本の重大なる時期に際し、半島人の決意を促すと云うことは、内鮮一体の上から見ても非常に私は良いことだと思うのであります、しかもこの二十五万人の志願して居る中には、自分の指を切って血書で以て志願して居るのが三百人あるのであります、これは何も半島人が今日兵隊になって戦死したからと云うて、半島人の自慢ではない、これは日本国民として当然のことであります、私は成るべく経済的から言っても、気候上から言っても、地理から言っても、どうしても今後日本の所謂支那に対する占領した区域辺りは、半島人の兵に依って治安に当らしめると云うことは、最も適当ではないかと思うのであります、それでありますから、この内鮮一体から言うても、経済的から言っても、気候上から言っても、どうしても半島で生まれた兵を余計採ることが私は当然ではないかと思うのであります、ただ軍務局長も仰った通り、言葉の関係、色々なことがありますが、私が半島に渡りますと、やはり何で内地と同様に朝鮮に兵役義務を与えないかと云うことを、要求して居る人が多いのでありますが、これら要求する人に対しては、吾々内地から言わせれば頼もしい言葉だと思う、しかしながら国家の軍人として、言葉の分からぬ、右を向けと言われて左を向くような人は、軍人として採用することは出来ないため、朝鮮に対して兵役の義務を与えることは、まだ五、六年早いと云うことは、これは何人も知って居ります、その代わり現在志願して居る者は、先刻申上げた通り、言葉は私よりも良い、体格も立派であります、でありますから、この半島人に依って今日本が占領して居る区域に対する治安に当らしめると云うことは、洵に私は宜しいと思う、それでもしも軍の予算関係があれば、こういう時期でありますからして、思い切って予算を取って、そうして半島のこの志願者二十五万の中、少なくとも五万か六万と云うものを採って然るべきではないかと私は思うのでありますが、もう一度軍務局長のそれに対する御意見を承りたいと思います

〇武藤政府委員 朴君の御意見は全然私は同感であります、又御意見と同一の趣旨に依りまして、今研究中なのでございます、暫く御待ち願います

〇朴委員 それから私は先刻海軍にも御尋ね致しましたのですが、どうもこれは甚だ失礼な話でありますが、大体我が内地の政治は喉元過ぎれば熱さを忘れると云うような気持が私はするのであります、自分の領土を忘れて-今日は殆どそんなことはないのでありますが、三、四年前に私が議会に参りました時は、台湾、朝鮮、樺太、南洋に対して、自分の領土であるにも拘らず、殆ど欧米の領土位に考えて居る人が政治家の中にも多かった、例えば私が或る人を訪問すると、これは相当な政治家でありますが、「朴君、君の国では何を食べるか」と言う、「何を食べるかと云って、俺は日本人だから米を食べるよ」と云うことを言わなくちゃならぬ、それと同じようなもので、外地に対する認識と云うものは全く「ゼロ」であります、それが為に日本の国策上非常に不利な点が沢山ある、で、師団設置問題も、この四、五年前は、半島に居る内地人が、この問題に対して、不逞鮮人多いから半島に師団を常設して貰いたいと云うようなことを願ったことがあったのであります、当時私はあなた方のやって居ることは洵にどうも遺憾に堪えない、日本の国防上、今後日本があるいは満洲なり支那の問題、もしくは「ソ」連に対して、日本の国防上朝鮮に師団を設置して貰いたいと云うなら話は分かるが、僅か百人や二百人の不逞鮮人の為に朝鮮に師団を設置して貰いたいということは理由が通らぬからと言って居りました、しかし今はそんなようなことを抜きにして、日本の国防上師団を朝鮮に常設して貰いたいと云うようなことが偶々出た、その当時半島に於ける内鮮人が一体となって、先ず土地が欲しければ土地も提供し、あるいは又若干寄附もするから師団を常設して貰いたいと云うような願いもあったのであります、その時は何回も軍部にその要求を致しましたのでありますが、大体この前の支那事変あるいは満洲事変が勃発して以来、内地の方々はどう云うことを言って居るかと云うと、満洲、北支は寒いから東北の兵を持っていけばまあ一番堪えるだろうと云うことで、あの東北から北支まで持って行く間に、結局御承知の通り距離が遠く、三十何時間掛って、汽車の中に兎に角一ぱい乗車して行くから、時に依っては弁当も碌に食わずして長い距離を乗って居る為に、いざ鎌倉と云う場合にはこっちの方でへたばってしまう、でどうしても将来は半島は日本の所謂兵站基地として、北朝鮮、例えば平南部、咸南部、このところに相当の兵が集中して居って然るべきだと私は思うのであります、このところに少くとも四箇師団位の増設をされても私は宜しいのではないかと思うのであります、将来いざと云う時には、何も内地で戦争をするのではないから、どうしても日本の立場上出て行かなくちゃならぬ、この点に付てこの間私は或る軍部の人から「朴君、君の永い間主張して居ったことであるが、若干半島にもそう云うようなことが出来て居るから喜んでくれ」と云うような御言葉を頂戴したのでありますが、もっとその数を増加したら宜しいと思いますが、いかがなものでしょうか

〇武藤政府委員 朝鮮の重要なることに付てはもう御説の通りなのであります、軍隊の配置等に付きまして、日鮮一体の今日に於て、不逞鮮人が何処にどうすると云うようなことは夢考えて居りませぬ、これは全く作戦上の要求に基いて配置決定して居るのでありまして、必要なことをやって居る訳なのでありますから御安心を願いたい(以下省略、以上の出典は衆議院昭和十六年度一般会計歳出の財源に充つる為公債発行に関する法律案外一件委員会議録第十六回昭和十六年二月十八日


 南北朝鮮と、そして両国に大和魂を売り渡した、朝日、毎日、NHK、共同通信、日教組、日本共産党、社民党、立憲民主党といった我が国の反日左翼勢力とによって喧伝されている慰安婦強制連行説が事実なら、被害者の家族、親類縁者、友人、および強制連行の目撃者の人数は数百万単位に上り、朝鮮総督府と朝鮮駐留日本軍と日本政府に対する朝鮮人の抗議暴動反乱が多発し、それこそ支那事変以後の半島には不逞鮮人が満ち溢れていたに違いない。

 しかしそのような事実は全く存在せず、逆に支那事変中の朝鮮半島では夥しい数の朝鮮人の若者が率先して日本軍に志願し、朝鮮半島をしばしば視察していた朝鮮名の朝鮮人代議士が衆議院において陸軍省軍務局長に朝鮮人志願兵採用人数の大幅増加を要求していたのである。

 この史実を知ってもなお慰安婦強制連行説を主張する反日朝鮮人と反日日本人は、無自覚のまま徹底的に朝鮮民族をも侮辱している。彼らの主張によれば、戦時中の朝鮮人の若者は、慰安婦強制連行に全く抵抗しなかったばかりか、若者たちの姉、妹、恋人を拉致連行し性奴隷にした日本軍に率先して志願していた臆病で卑劣で醜悪な愚人の群れになってしまうからである。

 そのことにようやく気付いた李栄薫教授は、慰安婦強制連行説を主張する反日日本人と反日朝鮮人を次のように非難している。

 「それでも吉田清治の嘘は、なお長い間、事実のように扱われて来ました。多くの小説や映画が作られ、似たような話を広めました。最近封切られた鬼郷という映画では、日本の憲兵が少女を連れて行く場面で、数多くの観客が瞼を熱くしたそうです。第一章でその荒唐無稽さを批判した趙廷来の小説『アリラン』にも類似した場面が出てきます。ある面長が面に割り当てられた慰安婦を徴発するために、ある農民を呼んで『仕方なく、君の娘を慰安婦に徴発するよ』と通達する場面です。私は作家の精神世界を軽蔑します。汚い種族主義の標本です。日本を強暴な種族と捉え、自分の娘が徴発されるのにも抵抗できない、無限に弱く卑劣な存在と自らを貶める精神世界が、他ならぬ種族主義です。」(李栄薫著「反日種族主義 日韓危機の根源」264~265頁)

 半島の朝鮮人が要望した彼らに対する兵役義務の負荷すなわち徴兵制の施行は、朴春琴代議士の質問演説から約一年後に実現した。当時兵役義務は参政権と一対を為し朝鮮人の地位向上に必要不可欠であったから、朝鮮人は彼らの要望が東條内閣によって叶えられたことに歓喜した。

大阪毎日新聞 1943.4.10-1943.4.11 (昭和18年) 新しい戦友・半島同胞 (上・下)

(上) 『僕も日本人だ』 徴兵に感激の青少年

【磯田特派員記】一億同胞の中には二千四百万を占める半島同胞がいる。統合以来三十四年、半島統治の歴史は実を結び大東亜共栄圏の一翼を担って起ち上るのだ。大東亜戦争の戦列へ私達は半島同胞を新しい戦友として迎えようとしているのだ。明年度から施行される半島の徴兵制が如何に迎えられ、準備されているか、以下は朝鮮軍ならびに総督府の好意によって感激に湧き立つ全鮮を歩き廻って得た報告の一端である。

昂まる国家意識

 昨年五月八日の閣議で半島二千四百万同胞に徴兵制を施行し昭和十九年度から徴集し得る如く準備を進めることが決定された。半島同胞にとって大東亜戦争勃発と徴兵制施行の発表ほど大きな反響をまき起こしたことは近来にない。時期尚早の非難は勿論一部にはあった。半島人側にも最初は種々誤解した向きも少くなかった。しかし支那事変以来、朝鮮を通過する夥しい兵隊の接待に半島女性は甲斐甲斐しくも汗だくになってつとめた。打振られる旗の波は都会ばかりではない。畑に立った半島の人達の手にも眼に沁みる日の丸の旗が握られていた。戦場に出て行く内地の勇士へ送る半島の歓呼だった。そうした中に彼等の国家意識は昂まった。その歓呼のさ中に昭和十三年朝鮮志願兵制度が施行された。

熱意、徴兵義務要望

 赤襷をかけた志願兵の入営は内地のそれとかわりはない「出征兵士を送る歌」が歌われる「露営の歌」が叫ばれる。万歳が三唱される。半島からも同じ軍服の兵隊が出征出来ると半島挙げての喜びであった。施行当時七人に一人の激しい競争率が近年は五十人に一人の驚異的な数字を示すに至っている。志願兵中にはすでに靖国の神として祀られた勇士も、金鴟勲章の光栄に浴した人もいる。志願兵についてはすでに報道されていることなので割愛するが、年年激増する志願者数によって見ても半島青少年の動きは頼もしい。かくて内鮮一体の実践は日を逐って徹底し、志願兵制度の実績昂まり、半島にも徴兵の義務を要望する熱意は強く、日本人として大東亜共栄圏の中核人物たるの地位を附与するため徴兵制施行の画期的挙に出たのである

力強い感動の爆発

 徴兵制実施の発表をどう感じたか半島作家諸君の印象を聴こう。

 「有難いことだと感じた。それと同時に口先だけの感謝になってはならぬ。やっぱり有難いことだと思う半面にそれでは何かやらなくてはならぬという気持がなくてはならぬと思った。」

 「今までも子供のことを心配しないことはなかったけれども、それは主として勉強の方面で上級学校の入学というようなことが主だった。従って鍛えるとか訓練するとかいうことは先ず念頭になかったといっていい。だがこれからは訓練をよくしなければならぬということを真先に考えた。そして心から本当に子供が可愛いという気が湧いて来た。」

 内地の兵隊とともに銃を執って戦場に臨む喜びはたとえようもない。子供達が兵隊ごっこに興じているのを半島の路傍でもよく見かけたがこんな遊びは文を尊び武を蔑んだかつての半島には見られないことだったまして半島青少年の感激は「俺も日本人だ」と力強い感動となって爆発している。この喜びを半島中学生の作文からも窺ってみよう—。

 「遠足から帰った私は足を洗っていると新聞が配達された、直ぐ眼についたのは大文字で書いてある徴兵制という字だった。徴兵制、この徴兵制が半島にも出来たのか、僕は胸をおどらせながら早く見たかった。洗っていた足のことも忘れて新聞の所に飛んで行った。胸をどきどきさせながら開いて見ると何と嬉しいことだろう。待ちに待った徴兵制が朝鮮にも布かれたのだ足をまた洗い始めたが、新聞のことが気になって、めちゃくちゃに足を洗ってすぐ新聞を読み初めた。」(後文略、京畿公立中学校一年松田弼鎬)

 また半島の女性は

 「立派な軍神を育て上げた内地の母親のように私達がなれるかどうかこれだけが不安です。若い女性は皇民化教育によって相当程度に引上げられているでしょうが、まだ一般女性はそこまでは行っていません。婦人の啓蒙こそ私達に課せられた大きな宿題です。」

とその感想を述べており、半島のすべてが徴兵制準備のために活発な運動を開始している。準備のためには戸籍面の整理、国語普及ならびに常用、精神運動を含めた錬成の三点が重視される、戸籍整理は困難を排しつつも着々整備されているので国語普及と錬成の二方面に触れてみる。

義務教育の徹底へ

 半島の国語普及率は低く全人口の一割五分が理解し得る程度であり農村に行けば諺文(朝鮮文字)を読めるものさえまれである。ここで国語普及に関連して教育の面を視察したが、国民学校学童の就学率は約六割弱で、就学希望者は逐年激増しているが、学校数と教員の不足はまだ要求に応じ得ぬ現況である。昭和十二年度以来約一万二千学級が増設され、一面(一村)一校計画は昨年末で完成されたが、児童の収容にはまだ不足しているのである。昭和二十一年からの義務教育施行によって男子児童九十五パーセント、女子児童三十二パーセントを就学せしめる計画に基づいて着々準備を進めている。徴兵制と義務教育制が併立して行われれば国語常用はさらに徹底しよう。


(下) 日本精神体得 日章旗下に輝く前途

【磯田特派員記】京城の寿松公立国民学校を訪れたが生徒の殆どは半島学童である。「私達は日本のヨイコドモです」の標語通り内地の学童と変らぬヨイコドモぶりである。子供の世界はどこへ行っても明るくすくすくしている。勤労心と愛国心の昂揚は特に著しい。人なつこい半島のヨイコドモ達は指名されると「ハイ」と大きな声で起ち上る。先生がゆっくり歩いて見せると「先生は遅く歩いていらっしゃいます」といい「じゃァ、これは」と早目に歩いて見せると「早く歩いていらっしゃいます」と丁寧な標準語である。

 「卒業すれば日常会話は困らない、内地人と同一問題で上級学校を受験するが遜色はなく好成績である」とこの学校では二十年以上学童教育に精進している老校長は微笑を浮べて語ってくれた。

 学校に通えない児童のために大和塾が講習会場を開き貧しい子弟のため開放している、午前中は八歳から十六歳までの少年少女が無償で授業を受け午後は同塾内の授産部で一日五十銭以上の給金で働き家計を助けている。国民学校二、三年くらいの子供がボール箱の製作をやったり、鼻緒を作っている。教壇に立っているのは、かつては誤てる思想を持った人達である。だがいまは半島の思想報国運動の第一線に立って自己錬成への道を歩みつづけているのだ。若い青年教員の授業を見たが、そこには民族的な暗さもなければ揺らついた思想もない。

 かつて「半島の民族主義は感情から出発している、共産主義は解消しても民族主義は永遠に解消せぬ」と空嘯いた青年が国語を通じて日本精神を児童に植えつけているのである

徹底した国語常用

 白々教事件として新聞紙上に報道されたあの残虐な行為を私達はまだ記憶している、三百四十人を殺したあの邪教こそ半島人の無智な一面を物語っている。殺人をあえてした一味二十四名中、国語を知っている者が僅か一名という「この無智を退治するには国語普及以外に手はないのです」と烈しい校長の口調だった。転向者が学校に行けない児童の教壇に立った喜び、純真な子供の溌剌たる言動がどんなに彼等の荒んだ心を静めてくれたか想像に難くない。

 午後には男子十六歳から三十九歳の人達が国語と軍事教練を受けに来ていた、誰からも強制された訳ではない。徴兵制施行を前に国語を知らなければ駄目だ、軍事教練も一通り習わなければと通っている人達ばかりである。「直突」「エイッ」と繰出す銃剣術の姿勢は決して上手ではないがその熱の溢れた気勢は立派に銃剣術の気勢である。しかも大半は夜店商人、料理飲食店の板前ボーイで夜の勤めを持ちながら昼間を通っている人達だ。徴兵制施行はこんなところにも力強く反映している。

 半島人のみの京畿中学でも校内では必ず国語を使用し、学校外にあっても凡ゆる機会に国語を奨励している、朝鮮語で電話をかけて来れば「国語でお話しましょう」と返事をするほど徹底した国語常用ぶりである。この学校で生徒千二百名について家庭内の国語使用の状態を調査したところ両親で国語の理解出来る者六十五パーセント、老人は殆ど判らない、またこの中には家族中国語だけを使用しているというのが二十八家庭あったという

半島の母も錬成

 学校に通えない勤労青年のために朝鮮青年特別錬成制度が設けられ、皇軍要員としての基本的要件が錬成されている。半島統治の画期的な施設である。錬成を受ける者は十七歳以上二十一歳未満の半島人男子で、道知事の選定した者は全部錬成を受ける義務がある。今年度と明年度で約十一万人が対象とされている。

 錬成所は府邑面(市町村)が設置するのであるが、現在は国民学校を利用し、毎年四月に入所、約一ヶ年間六百時間以上の錬成が行われるのであるが、昭和十七年度は暫定的に十二月に入所錬成期間十ヶ月となった、錬成要員には訓育、学科、教練、勤労作業等であるが、重点は徴兵の予備訓練、勤労精神の涵養に置かれている。

 徴兵適齢者のみの錬成ばかりでなく指導者たる国民学校男女教員にも眼が向けられている。男教員は数日、女教員は一日軍隊に入営し皇軍将兵の神髄に触れ、直接指導の役に立てようとするのである。また皇民化を促進させるための内鮮一体も突きつめて行われている。

 舞鶴高女では内地人、半島人を半数ずつ入学せしめ、入学式のその日から内地、半島一人ずつの女学生を一組とし学友と呼び、卒業まで二人は机を並べて勉強させている。学校ばかりではなく家庭同士も交際させる。さらに校長は半島女学生を二、三人ずつ自宅に寝泊りさせ、風呂には先生の奥さんが一緒に入り徹底した内地家庭の躾を試みている、溌剌としたこの女学生達が母となるころを半島はぐんぐん伸びて行くぞと微笑ましさを感ぜずにはいられなかった。

共栄圏を背負って

 これらの女学生を前にして内地の女学校にいるような錯覚さえ感じた、戦友であれば一人が死ねば骨を拾ってやる、学友だから片方が落第すれば他の一人も一緒に落される。こういった教育方法の良否はわからぬが、この撤退した指導を陣頭指揮する校長先生の熱には敬服した。内鮮一体を教育の面から実践、皇民化を促進しているのだ。

 徴兵制が施行されれば半島の勇士は全国の各隊に内地の兵隊と同様に入営し初年兵教育を受けよう、併合当初からの内鮮一体は著しい飛躍となり、軍隊教育で身をもって体得する日本精神はやがて共栄圏を背負って立つ日本人としての性格、識見を形成して行くのであろう。日の丸の旗の下に新しい戦友が入って来る。その日はもう来年なのだ。私達は双手を挙げてその日を待っているのだ。


 1943年4月頃は東條内閣が大東亜外交を展開していた時期であり、朝鮮人の特徴である朱子派儒教と結びついた事大主義(以小事大)の対象が大日本帝国になっていた。明の燕京(現在の北京)に赴いた朝貢使節の趙憲は、時の明の皇帝万暦帝(在位1572-1620年)より謁見を賜る栄誉を受け、大明帝国の一員(冊封国)として世界秩序に参画していることに感激し、三跪九叩頭しながら喜びの涙を流すまでになった。これに似た現象が、毎日新聞によって報じられた、朝鮮人の熱烈な徴兵制歓迎準備運動であろう。
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龍井榮侍

Author:龍井榮侍
 東亜連盟戦史研究所は、主として大東亜戦争に関する国民の戦史知識水準の向上を目指して開設されました。

 弊研究所が確信する「正統戦史研究」とは、信用の置ける第一次史料を集め、史料に事実を語らせ、独自の史観を構成することです。だが第一次史料とて作成者の欺瞞、錯誤を含んでいるかも知れず、たとえ紛れもない真実を示していても、所詮それは膨大な歴史的事実のごく一部にすぎません。

 歴史の真実の探求は極めて困難であり、戦史研究において歴史学徒が最も留意すべき事項は、間違いが判明すれば直ちに修正することであり、最も禁忌すべき事項は、「自説保全による自己保身」に走ることです。よって弊研究所は、読者の皆様の建設的な礼節ある御意見、御批判、御叱正を歓迎します。
 
 所長の本拠地は森羅万象の歴史家ブログです。

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